出せない手紙

これはある方の後悔のお話です。
家業を営む彼の家にとって、初めての男の子である彼は家族からも周囲からもその誕生を大変喜ばれました。その中でも特に彼を可愛がったのは、彼の祖父でした。祖父は昔ながらの厳格な人間で、自分の子供ともあまり遊ぶことのなかったような人でしたが、孫である彼に対してはまるで別人のようでした。毎日仕事以外の時間は彼に寄り添うように共に時間を過ごしました。そんな祖父は彼にとって祖父であり親友のような存在で、また誰よりも尊敬する人物でした。
時は流れ、彼が大学に入ると、地元を離れ、祖父と会う機会はめっきり減りました。しかし、祖父は毎月手紙を送ってくれました。祖父は年のせいか耳が遠かったので電話よりも手紙を好みました。
しかし、彼は手紙の返事を一度も書きませんでした。成長し高校生ぐらいになるとどこか気恥ずかしさがあり、幼い頃みたいに祖父と接することが出来なくなっていた彼は、自分の手で祖父に書く手紙を書くことも出来ませんでした。
祖父が彼からの返事を心待ちにしていることも知っていましたが、帰省したらどうせ会うしその時に話しをすればいいかなと、先送りにして、結局4年間でたった一度しか彼が祖父に手紙を書くことはありませんでした。
大学4年になったある日、彼はペンを取り初めて祖父に手紙を書きました。
今まで恥ずかしさで書くことが出来なかった手紙に祖父との思い出、祖父への想いを初めて文字にしました。初めて書く手紙に彼の涙はとまりませんでした。彼が書いた最初で最期の手紙は、祖父への弔辞でした。大学4年の冬、彼の祖父が亡くなったのです、しかし、卒業のための試験がありどうしても帰ることの出来なかった彼は弔辞を書くことになったのです。
ずっと返事を待っていた祖父にやっと書いた手紙は祖父の手に届くことはなかったのです。

彼は今でもその事を後悔しています。これからもずっとずっと後悔していきます。祖父のために手を合わせてお祈りすることは出来ても、手紙を渡してあげることはもう二度と出来きないのです
亡くなった方の為に私たちが手を合わせお祈りすることは、後からいくらでも出来ます。そのために我々僧侶がいて、皆様のため、皆様と一緒にお祈りするのです。しかし、それ以外のことを大切な人にしようと思えば、その大切な人が生きてるうちにしか出来ません。他の誰でもない皆様にしか出来ません。だから、消せない後悔をしないように、自分の身の回りいる大切な人の為に今、たくさんのことをしてあげてください。過去は永遠に続くし、未来は常にやって来ます、しかし、今は、今この瞬間にしかありません。後悔のないように一日一日を大切に生きてください。誰にでも明日があると言うのは決して当たり前のことではありません。

皆様が彼と同じような後悔をしないことをお祈りいたしております。

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