責任

全国各地より桜の便りが届く中、春がまだ少し遠い北海道。“彼岸荒れ”とも呼ばれる天気が続いておりますね。
 
先般、「葬送を共に考える」というテーマのもと、私が属す地元単位仏教会の青年会において研修会が開催されました。その中で“家族葬”というフレーズについての話があり、この言葉は葬儀社業界から出たもので、参加された葬儀社の方は「“自分で自分の首を絞める”に似た現実がそこにある。」とおっしゃっていました。これは寺院にとっても無関係ではないことです。また、皆様もご存知と思いますが、今冬にとあるwebサービス会社より「お坊さん便」という商品が出品されました。料金設定がある読経を行う僧侶手配サービス…。多数の賛否の声があがっていますが、近年取り沙汰されている“宗教離れ”、そして“寺院不信”とも感じられる意見も少なくありません。
 
上記の事柄について、ここで賛否を論じるつもりはありませんが、現在、寺院を取り巻く環境が大変厳しくなっていることは事実。しかし、各寺院の年中行事のお参りに必ずお越しになり、尊いご信心で御本尊や御先祖様にお手を合される檀信徒の方々が大勢おられることも決して忘れてはなりません。
 
我々僧侶は日頃より下儀を整え、お大師様の御教えを信じ、これまで修得してきたものに自信を持ち、謙虚に壇務・法務を勤めていくこと。そして、我々青年僧は今後も粛々と護寺に勤め、これからの宗門を支えていく責任を担い、その自覚を持つことが大切なのではないでしょうか。

文章 R寺 Y師

Comments are closed.